アクタンゼロ

こんばんは!夏休みに入りました!夏休みはテスト勉強になる予定です…。
もちろんプラモデルもする予定ですよ!。
夏休みは効率よくやる予定でです。

はい。今回は
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こちら。
ハセガワの72分の1零戦21型です.こんかいはちょっと変えてみて…
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アメリカに捕獲された零戦。アクタンゼロです!

アメリカは真珠湾攻撃の時、9機の零戦が撃墜した時点で零戦に防弾がないことはわかっていたらしいが機体がひどかったので、ほぼ何もわからなかった。
ミッドウェー海戦に連動してアリューシャン列島を攻撃した際に3機編隊でPBYを撃墜した時古賀忠義一等飛行兵曹の零戦が被弾、帰還途中におちてしまった。パイロットは零戦が沼に引っかかりひっくり返った時に強打してなくなってしまった。列機は零戦を破壊するように指示されたが安否不明だったため撃たずに買ったところをほかのPBYが発見し、1942年にテスト飛行、24回飛行したがミスでおちてしまったが残骸は今も博物館に展示してあるということです。
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とりあえず、肉抜き穴をあけました!。
資材の節約、重量の軽量化らしいです。
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胴体をつけて主翼を付けました。
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カウルをつけて塗装しました。
色は自分で調整したので少し青が濃かったかもしれないです。
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そして裏を塗装した後、風防つけて、ストックのデカールを張りました。
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そしてあっさりアクタンゼロの完成です。
日の丸ではなく星マークがついたゼロ戦は違和感がありますね。
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やはりこの色は違和感ありありですね。
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後ろからです。
ちなみにデカールが少ないのは資料がなかったからです。
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上からです。
星マークが目立ちますね。

そしてアクタンゼロは29回飛行したそうですがそのパイロットのテスト飛行したエディー・Rサンダース少佐はこのように述べていいます

「テスト飛行したパイロこれらの飛行では、我々が海軍試験で航空機に対して実施しているような性能テストを行った。最初の飛行で、我々が適切な戦術によればつけ込めるゼロの弱点が明らかになった。
すぐに分かったのは、速度が200ノット〔時速約370km〕を越えるとエルロンが重くなり、そのためその速度でのローリング機動が遅く、操縦桿の操作に大きな力が必要だということだった。左へのロールの方が右よりやりやすかった。
また、フロート式キャブレターのせいで、マイナスGがかかるとエンジンが停止した。我々は今、ゼロに後ろを取られ、逃げることのできないパイロット達のための答えを得た。〔操縦桿を前に倒し〕マイナスGをかけて垂直急降下し、できればゼロのエンジンが停止している隙に距離を開ける。
200ノットくらいで、ゼロのパイロットが照準をあせる前に右に激しくロールする]
wkiより引用


しかしアクタンゼロは事故で墜落してしまいました。破片は今も博物館にあるそうです。

と、いう捕虜機の制作でした。
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普通の零戦21型とツーショットです。
やはり日の丸がいいですね…。

それではまた次回!
ご視聴ありがとうございました!。

この記事へのコメント

2015年07月23日 20:04
今晩は。
またまた渋いの作りましたね・・・
いいですね・・・
この作成感性が好きだな・・・
F6Fヘルキャットの日の丸バージョンもおもろいぞ!
2015年07月23日 22:19
千葉ンプ様へ

こんばんは!コメントありがとうございます。
以前から作りたいと思っていたのですがなかなか製作できなくって、今回制作できてよかったです!
オリジナルティがありますよねー。

逆バージョンですか!作ってみたいです!
カブ子
2015年07月24日 23:48
そうなんですよね、この鹵獲機の調査で零戦の無敵神話は崩されちゃうんです。
サッチウィーブって対零戦用の編隊一撃離脱を考案されちゃって。
だからその後のF6Fの登場で零戦は黄昏の王者になるんですが、跡継ぎにまったく恵まれず、海軍の戦争はほとんど零戦1機種で戦ったようなものになっちゃうと。
なんて不憫な…。

ネービーブルーのゼロいいですね、元が洗練されたラインなだけに、青系塗装がしっくりきます。
2015年07月26日 17:04
カブ子様へ

こんにちは!お久しぶりですねー。
この捕虜機は徹底的に調べられたんですか…。アメリカって何でも対策をとってしまうからすごいですね。
防弾にVT信管に…恐ろしい国です。
編隊1撃離脱ですか…。頭上から突然100機以上の敵機が襲ってくるなんて考えただけでゾクってしますね…。恐ろしい…。
後継機の開発はやはり大事なのですね。でも烈風も試作中に終戦を迎えてしまって…。

そうですね!意外と好きです(笑)
七日町 糸
2017年10月23日 19:18
余計なお世話かも知れませんが・・・
確か、アクタン、ゼロの最期は、間違えてすぐ近くに着陸した爆撃機のプロペラで切り刻まれてしまった。と、聞いた覚えがあります。
それと、搭乗員の古賀一飛曹は、現地にて米式で埋葬され、現在は千鳥ケ淵戦没者霊園に遺骨が安置されています。
2017年11月07日 23:44
七日町 糸様へ
コメントありがとうございます

アクタンゼロ…そうなのですね。ちょっと衝撃的な最後で驚きました。
でも米軍は零戦を回収するために滑走路を作ったりと本当に凄いですね。埋葬されたのですね。

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